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How My Heart Sings

ななほし、やほし、こころほし。

ストルガツキー兄弟、「ストーカー」あるいは「願望機」

2008年当時、文学好きの岩波さんにお勧めされたし、古いほうは阪神大震災のときに失くしたっぽかったしということで、買うてきました。アルカジイ&ボリス・ストルガツキーストルガツキー兄弟)の「ストーカー」早川書房刊。以下、ネタバレありなのでご注意くださいね。

映画は観ていないので分りません。小説版の表紙を見る限り、良さそ気ではある。タルコフスキーの映画は「惑星ソラリス」でもう無理と思ったので。

自分が持っていた古いほうというのは1983年刊行の、この表紙のやつです。これはアンドレイ・タルコフスキーの映画「ストーカー」の一場面ですね。…うん、作品の雰囲気が良く分る表紙だね。ジメジメして暗くて寒くて、イヤになるね。

ストルガツキー兄弟「ストーカー」表紙

ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

 

邦訳のタイトルは映画にひっぱられて「ストーカー」となっているけど、原題はそのまま訳すと「路傍のピクニック」となる。何故「路傍のピクニック」なのかは結構重大なネタバレなので書きません。アンドレイ・タルコフスキーの映画「ストーカー」の元ネタ。ストーカーというのはここでは密猟者、というくらいの意味のようです。ストルガツキー兄弟の書いたシナリオのタイトルは「願望機」。これは結局、映画のシナリオとして採用されず、後に著者が自力で世に出した。

願望機

願望機

 

異星人が残したと思しき、というか人類の理解を越えずぎているから多分そうなんだろう的な品々が転がる「ゾーン」と、その周囲でのたくるかしこやらアホやらな人間たち。かしこな人々は人類の進歩がどうとか、アホな人々は単純に高く売れるから金になるから生きるためにはそれで稼ぐしかないからといって、そこに転がっている品々を持ち出す。才覚のあるやつ、ちょっと目端の利くやつは金を溜め込みあるいは出世していく。要領の悪いやつはいつまでたっても貧乏から抜け出せない。運の悪いやつは「ゾーン」でわけの分らない状況に巻き込まれて死ぬか、仲間やら軍の連中やらに殺される。

状況的には己の運次第で一攫千金、ゴールドラッシュの時代みたいだが、「ゾーン」の中は重力異常とか時間の流れが変とかはあたりまえ、おまけに周囲は軍が警戒しているので、入って出てくるだけでも命懸け。何かしらんが地面のこの染みを踏むと良くないことがおこる、この道を通った奴は必ず挽肉にされるがその後しばらくはかえって安全だから馬鹿かお調子者を先に行かせる(しばらくってどれだけの間だ?)、ストーカーの子供はみな不具になる…

はじめて読んだのは高校生の頃。早川文庫で一冊だけ残すならストルガツキー兄弟の「ストーカー」か山尾悠子の「遠近法」だと信じるくらいむちゃくちゃ影響を受けた。そのあげくふたつを混ぜこぜにしたような小説を一本でっちあげ、それが学内誌にとはいえ掲載されたりしたのも嬉し恥し良き思い出なわけだが。…どっちも、大きな枠としては抜け出せない小さな世界の話しだ。

てゆーか、この傑作が1983年の初版からこっち八刷(2008年当時)しかなっていないなど信じられないが、ストルガツキー兄弟のその他の著作は「蟻塚のかぶと虫」にせよ「収容所惑星」にせよ、当時(1983年ころ)苦労して入手したは良いがとんでもなく退屈なしろものでがっかりだったからさもありなんというか、じぶんがSFに嵌らなかったのはこれのせいだと思うんだ。でも、小説の最後の一文を覚えていて今でも忘れていない。

すべてのものに幸福をわけてやるぞ、無料で。だから、だれも不幸なままで帰しゃしないぞ!

願望機が叶えてくれるのは、心の一番底にある願いだけ。