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How My Heart Sings

ななほし、やほし、こころほし。

ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという楽器について、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏から考えてみる

ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラVioloncello da spallaは、バッハ・コレギウム・ジャパンカンタータ全集36巻から登場しているそうです。今回は39巻を買ってきました。でわさっそく。

編成表を見ると、弦パートは上から3x3x2x1x1と、極小の構成。Basso Continuoとは別にVioloncello piccoloのパートがあり、そこにはVioloncello da spallaの奏者として、この楽器の復元者であるDmitry Badiarov氏の名が載っている。Violoncello piccoloのパートが載っていない曲もあり、むりくりVioloncello da spallaをおしこんだわけでもないみたい。

通奏低音にはVioloncello(この場合は鈴木秀美氏が弾いているので縦型チェロ)、Violone、bassono、Cembalo、Organoの各楽器が入っている。トロンボーンオーボエ、リコーダー、それに各パート三名づつとはいえ合唱が入るのであるから、バスをチェロとベース一人づつで支えられるはずもない。と、ここまでは良いのだけれど…

Violoncello da spallaは、向って左側から聴こえてくる。以前に聴いた、寺神戸亮氏のディスクにおいて解説されていたように、Violoncello da spallaはヴァイオリン奏者が持ち替えで弾くものとして考えられている(ヴァイオリンと同じく一指一音の運指なのであるから、当然そう考えられる)のでそれは良いのだけれど、この楽器の出番は各曲に一度あるきりだ。バスパートは普通にチェロとかが弾き、やや技巧的なオブリガートを弾く場合にのみ、持ち替えしているのか?バッハの曲では、ブランデンブルク協奏曲第一番で、ヴァイオリンのトップ奏者がViolino piccolo(ヴァイオリンの三度上になる、ちょっと小さい楽器)に持ち替える場面があるけれど、そんな感じなのだろうか。

…演奏自体は、普通に良い演奏だとしか…こういう場合は、映像付きじゃないと面白みがないよ。でもこの演奏を聴きながら、チェロの演奏技術の発達について色々考えることがありました。例えば、ハイドンの初期の弦楽四重奏曲において、チェロとヴィオラが分化していないケースがあります。まとめてバス声部だよ、みたいな。バス声部からヴィオラが分れチェロが分れ、やっと四声部が対等となるのは、かなり後になってからです。ひるがえって、バロック時代の合奏協奏曲において、チェロが独奏楽器として活躍する場面というのも多々あります(ヴィヴァルディの四季等を思い出してください)。

こういった曲のチェロ独奏のパートはVioloncello da spallaによって弾かれることも多かったのかな、とか想像すると、面白いです。バスとして合奏を支えるには力不足でも、独奏楽器としては不足どころか。トップ横のヴァイオリン奏者の足元にはVioloncello da spallaが立て掛けてあって、出番になるとやおらスパッラをエイとばかりに肩から下げて、ヴァイオリンを膝に置く暇もあらばこそ、弓は?弓は少し重いのに持ち替えないと楽器を鳴らせないのでは…うーん、ちょっとせわしない。でも楽しそう。

なおこの記事は、How My Heart Sings : ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという楽器そのにを修正の上、再掲したものです。